「……」 「なー、悠―。機嫌直せよー」 「……別に」 日も陰り始めた頃合い、数歩先を足早に進む相方に苦笑いしながら光輝は呼びかけた。 一時間強ほど続いた三人でのボウリングは、悠が見事なまでに得点無効(ガター)を連発していて、実質光輝と時雨との一騎打ちとなっていた。 終盤は退屈そうに他のレーンを眺めていた彼女の姿を思い出し、光輝は小さく頭を掻いた。 「それにしてもよー、津堂がここまで運動苦手だとは思わなかったぜ。やっぱお前さん虚弱体質?」 疲れた様子を微塵も見せず、両手を頭の後ろに回した時雨が咥えたシガレットチョコを飲み込んだ。 「……」 「確かに悠さんってばよく食事抜くし、基本の身体作りとかが出来てないんだと……あ、おい!」 どこか不機嫌そうに見える彼女の歩みが、そこでより一層早くなった。 その姿は数メートル先の横断歩道の奥に消え、そこで信号は赤になる。 置いていかれる形になった二人は、ほぼ同時にため息をついた。 「……アイツ、昔から運動苦手だったもんなぁ……。確か中学の時にも似たような事あったし」 「あん? っていうか昔のお前さんたち、どんな感じだったんだ?」 そこで時雨が興味をひかれたのか、唐突に光輝に顔を寄せた。 「ん、別に今と大して変わらないって。俺と葵と、アイツの兄貴とアイツと、もう一人でよく遊んでてさ」 「ふーん……」 「今思い返すとホント変わってないわ。俺ら全員。俺も葵も毎日楽しくやってたし、兄貴は寝てたし、悠はたまにーに男子の集団から告白とかされながら真面目に勉強してたし。やっぱ体育はからっきしだったけどな」 横断歩道の信号の色が変わり、二人は足早に前方を進む悠の後ろ姿を追って寄宿舎方面へと向かっていく。 「ところで一つ気になったんだけどよ、」 胸ポケットの青い小箱から新しいシガレットチョコを取り出して咥えた時雨が、何の気無しにといった様子で聞いてくる。 「そのもう一人って誰だよ? お前さんたち四人以外に、もう一人いたんだろ?」 「ああ。そいつは悠と気が合う奴でさ。よく二人で話してたなぁ」 「ハァ!?」 そこで時雨が大声を上げ周囲の通行人が一斉に振り向いたが、彼女が一人一人を睨みつけていくと次第に視線がそれていった。 「どこの誰だよそれは!? ああ!? ……まさか津堂を狙う奴が他にもいるとは……くそ、ロクでもない奴だったらオレがとっちめてやる……」 ぶつぶつ言いながら『シバき予定帳』などと書かれた黒いノートを取り出した彼女に、光輝は慌てて手を振った。 「あー、アイツはかなりいい奴だったけどな。むしろ俺たちの暴走を抑える常識人的な役でさ。クレア……別の知り合いよりももっともっとおとなしくて」 「……。んで、そいつは今どこにいんだよ。もしうちの生徒だったらオレが面接して……」 「中三のいつ頃だったっけな……。いつの間にかどこか行っちまったな」 「いつの間にかって……少なくとも一年前まで友達だったんだろ? お前さんよ……。転校でもしたのか?」 大きいため息をつきながら、時雨が言う。 「んー、なんだっけな、アイツの転校理由……。あー、ダメだ、思い出せねぇ」 「……言いたくないなら別にいいけどよ。まさか本当に忘れてるわけじゃあるまいし」 そこで相手は光輝のポケットを指さす。 「んじゃ、お前さんの携帯電話に写真とか残ってねーの?」 「……実は先月ぶっ壊して買い換えたばっかで……。それに俺あまり写真とか撮らないしなぁ」 言いつつ光輝が取り出した携帯電話は、ゴム状の絶縁体カバーで覆われていた。 先月の一件で携帯電話をショートして壊してから、君専用ねと言われ上司から渡された代物。 「あん? なんだそれ?」 「あー、最近流行りのストラップでさ。こうすると電池の持ちが良くなるとかどうとかで」 「……ほー。でもこれ使いづらくねーか?」 適当に思いついたことを口走りつつ渡すと、時雨の興味の対象はそれに移ったようで、面白そうに携帯電話を手の中で転がしていた。 「……あー、悠にも一応聞いてみっかなぁ……。まあいいか。そのうち思い出すだろ」 眼前の相手に聞こえないように、小さくつぶやく。 「おー! すっげ、これが放電するアレをアレして抑えてる的な! おー」 そして「昔の友人」の話題はすっかり忘れられてしまったようで、それから時雨がこの事を聞いてくることはなかった。 『クオリア・マスターロード……?』 相手が言った言葉を、クレアがそのまま繰り返す。 「そうッス。それが僕の本名、に近いものッス」 飄々とその意図を見抜かせぬまま、顔に浮かべた笑みを崩さないクロード。 『……それがどうした。お前の正体の答えになっていない』 「いやいや。今クレアちゃんが言った通りッスよ」 楽しそうに大きく手を広げ、続ける。 「秋津さんの知り合い。でも葵ちゃんもクレアちゃんも知らなかった。今回石田くんと共に唐突に現れた。いくつものクオリアを持っていて他人に渡す事が出来る。そして以前白斗くんにクオリアを渡した」 『……』 「そんな、望んだ者にクオリアを与えるソウルジャグラーくんみたいな存在。それが今回たまたま通りすがった。それだけッス」 『そんな説明で――』 ふと、幽霊の眼前に制止の手が伸びた。 「いいの。……今はそんな事よりも、悠を襲ったアイツらの件よ。アンタの話はそれから聞いてあげる」 そして葵は、小さく息を吐いた。 「クオリアくれるって言うなら話に付き合ってあげるけど、あたしにはもうソウルがあるからあげる気はない。でしょ?」 「そ。その通りッス」 そして相手は目元のサングラスをかけ直すと、くるりと背を向けた。 「じゃ、僕はこの辺で。まあ、もう会う事はないと思うッスけど」 『……?』 「今日で用事が終わるんス。最後の仕上げッスね」 上機嫌そうに手を打つと、そのままどこかへと歩き出すクロード。 「あ、あと最後に。僕は君たちの事は嫌いじゃないッスよ? もしまた会う事があれば、その時はよろしくお願いしまッス」 そうつぶやくように言うと、相手は去っていった。 『……』 どこか納得できない表情を浮かべた幽霊と、沈み始めた太陽を見上げている葵をその場に残して。 そしてやってきた、二日目の夜。 週末の夜という、校舎に残っている人影もほぼ見当たらない時間帯。 昨日と同じように、高校の校庭に立ついくつかの人影。 だがそこに山羊悪魔の姿はなく、色白の黒衣の男と、それに付き従うかのように灰色のローブを頭まで被った死神がいるのみだった。 「これはこれは、実に驚いた」 四人と幽霊、そして魔人が現れるなり楽しそうに両手を広げる堕天使。 「リバイアサンを従えていたとはいえ、昨晩ヴァイタルスを一瞬で屠(ほふ)りさるとは」 『……? もしかして……』 「……ああ。俺のクオリアの許可対象外だったから、一瞬で山羊悪魔が燃やされたように見えたはず……だと思う」 そんなこちらの会話を知ってか知らずか、どこか不敵に笑う。 「ククッ、地上の人間程度がやるではないか。我も貴様たちを甘く見ていたのかもしれぬ。……だが、今宵はどうか?」 言うなりどこからか白銀の抜き身の剣を取り出し、目にも止まらぬ速さで一閃した。 一瞬でかまいたちのような鋭い風が、四人を捉える。 だが突如相手は剣をしまい、ほぅと息を吐いた。 「いや、それではつまらぬ。やはり今回も、このデッドエンドのみが相手をしよう」 それに呼応するかのように、宙で手にした処刑鎌(デスサイス)を振りかざした物言わぬ死神。 「もし万が一、デッドエンドを下す事が出来た場合、明日の晩に……ククッ」 「……やけに余裕じゃない。でもいいわ。昨日と同じように一瞬で燃やしてやるだけよ」 葵の傍らに長大な水の龍が顕現し、同時に空より大粒の雨が降り注ぎ始める。 「果たしてそうかな……? では、我は今宵の結末を楽しみにしていよう」 昨晩と同じように、夜の帳に紛れるようにして消えていく堕天使。 そこに残された死神は、骨だけの手で大鎌を構えた。 そして葵は、傍らの少年へと向けてつぶやくように言った。 「そうね……昨日の半分、十五分で十分よ。それでも余ると思うけど」 「……分かった」 言われた通り、戦闘時の被害が周囲に及ばないように、そして死神や魔獣の姿が人目につかないように、白斗は時を止める。 そして、戦闘の火蓋が切って落とされた。 処刑鎌を振りかざした死神が葵目がけて突進し、その前に緑色の障壁を展開した悠が立ちふさがる。 そしてさらにそれよりも早く、背後から飛来した青白い火球が死神を捉えた。 死神は突如空中でその身を翻すと、火球を切り裂こうとするかのように鎌を振った。 すると火球はまるで鎌に吸い込まれるようにして消えていく。 後に残ったのは、宙で浮遊しながら葵へと近づいていく無傷の死神の姿のみ。 「嘘……! リバイアちゃんファイアーが効かないなんて……」 「じゃ、これでどうだ、っと!」 いつの間にか相手の足元に回り込んでいた光輝が、片手に帯電させた電撃を頭上へとアッパー気味に突き上げた。 だが死神は死角からの攻撃であったはずのそれすらも器用に鎌の柄で受け止め、収束していた電撃は一瞬の内に霧散してしまう。 「げ、マジかよ……」 突如死神は、その鎌を足元で舌打ち気味につぶやく光輝目がけて振りかぶった。 目のも止まらぬ速さで振り下ろされる鎌を滑り込んだ白斗の木刀が受け止め、そのままつばぜり合い気味に跳ね上げる。 その途端二人の少年の眼前を、轟音と水しぶきを上げながら魔獣の尾が薙ぎ払っていった。 だがそれも死神は宙に舞うようにしてあっさりと回避してしまう。 そして今度はその標的を悠へと定め、その大鎌を振るう。 「……!」 悠は展開した障壁を前方に集中させ、斬撃を受け止めようと構える。 だが。 「え……」 まるで豆腐でもスライスするかのように、一切の抵抗すらなく緑の障壁に一筋の線が入る。 そしてイージスは音もなく消え去った。 「……危ない!」 何が起こったか分からないとばかりに立ち尽くしている悠の首筋を処刑鎌が捉える寸前、真横にいた葵が彼女を突き飛ばして一緒に転がっていく。 バシャバシャと音を立てて雨水が溜まっていく校庭を転がる少女二人を追撃しようと、死神がその大鎌を構えたままゆらりと浮遊して追っていく。 そして、その前に立ち塞がる人影があった。 「……」 先ほど死神の大鎌と競り合いになった時の事を、白斗は木刀を構えたまま思い出していた。 確かに相手の腕力自体はかなりのものだったが、大鎌の切れ味自体はナマクラであるようで、つばぜり合いになっても木刀が自身の身体ごとスライスされる事はなかった。 そして相手のその大鎌は、異能力やら魔獣の火球やらを全て無効化してしまう性質があるらしいという事。 流石に時間停止にまでは干渉できないようで、止まった時が再度動き出す事はなかったが。 つまりは。 「俺がやるしかないって事か……」 大きく息を吐き、木刀を再度構える。 宙に浮く死神は、突如現れた邪魔者に対してゆっくりと鎌を振りかぶる。 その機を見逃さず、白斗はがら空きになった相手の胴体に木刀を全力で叩き付ける! だがそれすらも宙で一回転して避けた死神は、続く木刀による刺突を全て大鎌の柄で受け止めた。 そしてカウンター気味に振った大鎌と、白斗の木刀が激突した。 「……くっ」 骨だけとなった手の一体どこからそんな腕力が出せるのか、つばぜり合い状態のままゆっくりと木刀を押し返していく死神の大鎌。 そのまま押し切られ、大鎌が首筋を撫でる寸前に身をかがめて錆び付いた刃をかわす。 そしてその体勢のまま頭上の相手へと木刀を突き上げると、やはり死神は大鎌の柄の部分で木刀の先端を受け止めた。 木刀を引き抜いた白斗はその勢いのまま身体をよじって柄の部分に足払いをかけ、相手の得物を取り落とさせようとする。 死神はその足払いを軽く受け流すと、再度大鎌を振り抜き、白斗の眼前で木刀と競り合い状態になって止まった。 それを再度受け流し、そのまま数歩飛び退って一度距離を取る。 「……」 一度大きく息を吸い、呼吸を整える。 一連の動作で、流石に息が上がり始めていた。 「……もう一度同じことやれって言われたら……どうなるか」 そうつぶやき、改めて数メートル先の相手を見つめる。 ふとその時、眼前の死神の背後に位置する部室棟、その屋上に誰かがいる事に白斗は気づいた。 「……?」 暗闇と豪雨のせいでよくは見えないが、その姿は、少なくともあの堕天使や、ましてや昨晩倒したあの山羊悪魔ではない事は明白だった。 「誰だ……?」 『おい! 何をしている!? 前を見ろ!』 叫んだクレアの声によって唐突に現実に引き戻された彼の視界に映ったのは、死神が大鎌を振りかざしているところだった。 反射的に木刀を構えてガードするが、そこを処刑鎌が削り取った。 「がっ……!」 ただの木刀ですらスライスできないようなナマクラである刃、つまりは弧状の鉄塊を死神の腕力でフルスイングしたものをまともに受け、白斗は殴られたように吹っ飛んで水没した校庭に突っ伏した。 空気と一緒に吸い込んだ水でひとしきりむせてから、右手で左肩を触る。 鋭い痛みと共に、まるでインク瓶をぶちまけたかのような真っ赤な液体がべっとりと付着していた。 「痛って……」 肩より少し下辺りの制服が切り裂かれ、そこからドクドクとあふれ出した血が大豪雨に流されていく。 その間にも処刑鎌を構えた死神は、宙を滑るようにして白斗へと近づいていく。 どこか霞む視界で得物はどこかと探すと、数メートルほどの後方にて海のような水たまりの中に水没していた。 ふらつきながらも木刀を回収しようと立ち上がったその時、白斗は誰かに突き飛ばされた。 再度の激痛に顔をしかめながら見上げると、緑壁の盾を構えた悠が自身と死神との間に割り込んでいた。 「……こいつにイージスは意味がない、だからそこどいてろ……」 「どかない」 つぶやくようにそう言い、大鎌を構えて迫ってくる死神に向けて盾の密度を集中させる。 死神が二人へと向けて大鎌を振りかぶる寸前、その背後から再度光輝が帯電させた片手を突き出す。 が、まるで後ろに目が付いているかのように死神はそれすらも大鎌の柄で受け止めて消滅させてしまう。 「くそっ、どうすりゃいいんだよこれ……」 背後からの奇襲が煩わしかったのが、死神は手にした大鎌で周囲を一瞬にして薙ぎ払った。 身をかがめた光輝と、悠に引っ張られる形で地に倒れこんだ白斗。 そして、その時。 「ほう、これはこれは。我らを一撃の元に屠り去るのではなかったのか?」 どこからか現れた堕天使が抜き身の白銀の剣を取り出し、面白そうに周囲を目にも止まらぬ速度で薙ぎ払う。 「……!」 「もう十五分……経ったってのかよ……」 その途端堕天使目がけてリバイアサンの火球が放たれたが、やはりそれも間に立ちはだかった死神によってかき消されてしまう。 「こんなの、勝てるわけないじゃない……」 その少し後方で、葵は力なくつぶやいてその場にペタンとへたり込んだ。 それを見やった白斗は、先ほど取り落とした木刀を手に取り、どこかぼやける視界の中相手へと向けて構える。 そしてふと、例の部室棟の屋上の人影がゆらりと動いたように見えた。 まるで、この戦闘に参加しようとするかのように。 「……。新手がいる」 小さくつぶやくと、ぎょっとした顔で光輝が周囲を見回した。 「……くそ、まだなんかいるのかよ……」 そして、再度黒衣の男が面白そうに剣を振りかざした。 「どうだ? ここは我も一つ今宵の余興に参加させては――」 「待って! 降参するから!!」 その言葉で、その場の全員がその声を発した主、葵を振り返った。 ある者は、ぎょっとした顔で。 ある者は、ニヤリとした笑みを口の端に浮かべて。 『おい、お前何を言っているのか分かっているのか!?』 「だって……しょうがないじゃない。他に方法が無いんだもの……」 くってかかる幽霊に葵が力なくつぶやき、それから彼女は眼前の堕天使と死神へと目を向けた。 「確か、明日の夜までにアンタたちに勝てなければ、あたしとそこのアイツの魂を持っていくんでしょ……?」 「……ほう。確かに、我と汝の間に交わされた契約はその通りだ」 葵の言わんとする事を早々に理解したのか、剣を収める堕天使。 その隣の死神も両手で構えていた大鎌を片手に持ち替え、音もなく宙を漂っていた。 「だったら今日の降参は別にいいでしょ……? 明日の夜にまた改めて戦うから……」 「なるほどなるほど。では、今宵は我らも引き下がるとしよう」 堕天使は面白そうに両手を広げ、それから皮肉気味にうやうやしく一礼した。 「しかし明日の晩は、我とデッドエンド、両方が最初から同時にお相手をしよう。それで異存は無かろう?」 「……」 そして二名の魔界からの来訪者は、夜の帳に紛れて消えていった。 うなだれた葵が隣に立つリバイアサンを見上げると、その姿もゆっくりとかき消え、それと同時に叩き付けるような大粒の雨も止んでいく。 「……」 その場の全員が何も言わず、ただ無言で水没した校庭を後にする。 ふと白斗が血だらけの左肩を抑えながら、部室棟の屋上を振り返った。 だが、すでにそこには誰の姿も見当たらなかった。 『……今回はお前も入院コースだ。出血が多すぎる。……一人で歩けるか?』 「……分かってる。何とか動けはする、けど」 先ほどの屋上の人影は誰だったのだろうかと考えるが、その内疲弊した頭を動かすのが面倒になってきて彼は頭を軽く振った。 学校を出て、大通りを全員が全員無言で寄宿舎方面へと歩いていく。 雨上がりの中をびしょ濡れで、もしくは血まみれで歩く学生集団を周囲の通行人たちがぎょっとした顔で見つめるが、気にするものは誰もいなかった。 ふと。 「……。先、帰ってて」 唐突に立ち止まった悠が、そうつぶやくなりどこかへと駆け出していった。 「あ、おい!」 一瞬遅れて光輝が伸ばした手も空を掴んだ。 彼女の姿はみるみるうちに小さくなっていき、どこかの路地を曲がって消えた。 「どこ行く気だよ、こんな時に……」 「……。まさかあの子、独りであの堕天使たちに何かする気なんじゃ……」 「アイツのイージスが攻撃向きじゃないからそんなわけない……とは思うけど、確かにこのままだと……」 その言葉で、その場の全員が葵と宙に浮く魔人を見つめた。 大通りから外れた、街灯もまばらな路地裏。 「確かこっち……だったよな。アイツが行ったのって」 寄宿舎に戻ろうとしていた足取りを急きょ変更し、全員で悠の行方を探す。 「駄目ね……。電話に出てくれない」 携帯電話を片耳に当てた葵が、疲労の気配も色濃いままため息をついた。 『大丈夫か? お前は先に病院行っててもいいんだぞ?』 「何とか大丈夫、だと思う」 「ねぇ、上からは何か見つからない?」 頭上で捜索に加わっているソウルジャグラーを見上げ、声をかける葵。 「全くもって。我が輩も別に夜目が効くわけではないのでな」 「くそ、方向的にはこの近くのはずなんだけどなぁ……」 頭上を見上げ、額についた汗だか雨水だかをぬぐった光輝は、そこでふとどこからか風が吹いている事に気が付いた。 「ん……?」 ちょうど追い風になっているその風は、現在位置が雑居ビル群のど真ん中であるにも関わらず、ある一定の方角へと吹き続けていた。 「おいみんな、こっちだ」 「え……? どうしてよ」 「いいから」 光輝自身としても理由が良く分からぬまま、その風が吹いていく方向目指してゆっくりと歩いていく。 頭に疑問符を浮かべたその場の全員が、彼の後についていった。 歩き続けると次第にその風は強くなっていき、どこかその風に背を押されるようにして進んでいく。 同時に、その風にどこか嫌なものを感じながら。 風がいつしか止んだかと思うと、到着したその場所は。 「あれ、ここって……」 「俺がたまに来る児童公園……?」 全員が周囲を見回そうとし――その必要もなく――すぐに見つかった。 公園の中心部で、例の大きなクレーターに囲まれるようにしてうつぶせに倒れ伏している、悠の姿が。 そしてその隣にしゃがみ込み、彼女の頭へと向けて手を伸ばしている誰かの影。 「悠ぁッ!」 叫んだ光輝がその相手へと向けて駆けだした。 その途端相手は身を翻し、夜の帳に紛れて逃げていく。 そして周囲の誰もが止める間もなく光輝が相手へと向けて雷撃を投げつけたが、距離が離れすぎていて、それはいつしか空中で霧散して消えた。 「くそっ、今の誰だよ……っ!」 悪態をつきながら、光輝がしゃがみ込んで悠の様子を確認する。 その額に手を当てるとやはりと言うべきか異常な熱を持っており、まるで呼吸困難に陥ったかのように荒い息を吐き続けていた。 「おや、この少女は……」 宙から悠を見下ろしたソウルジャグラーが何かを言おうとするが、それよりも先に光輝が叫んだ。 「とにかく病院だ! くそ、もうしばらくは絶対に外には出させないからな!」