午後8時。 とある市街の中心部から離れた埠頭の一角に存在する、古びた倉庫。 その使われなくなったはずの倉庫の扉から、煌々と明かりが灯っているのが感じられる。外からでは全く分からないが、中には十数人ほどの若者たちがいて、それぞれケータイで電話をかけていた。 「うん・・・。じゃあ、母さん、お金の件、よろしく。・・・。うん。本当にゴメン」 「あなたが利用したサイトの利用料金がまだ振り込まれておりません。至急、今から言う口座に料金を振り込んで下さい」 「あなたの口座が犯罪グループに利用されている恐れがあります。関係する口座が全て凍結される前に、指定する緊急避難用の口座に預金を全額移して下さい」 「もしもし、母ちゃん!オレだよ、オレ!」 彼らは、俗に言う「振り込め詐欺」をしていた。 彼ら全員を満足そうに見まわしていた、この組織のリーダーと思わしき男の足がとある少年の前で止まった。その十五歳前後と思われる少年は、ニコニコという表現がしっくりくるような表情で他の者たちの「仕事」ぶりを観察していた。 「おい、秋津、何ぼさっとしてんだ。仕事やれ、仕事」 男が少年――秋津の肩を適当に叩く。 「え?でも、今日のノルマとっくに終わりましたよ?」 秋津が驚いたように――それでもニコニコの表情は全く崩さずに――言う。 「ハァ!?この一時間半で一人三十件のノルマを!?フザケんじゃねーよ!・・・。っていうのはもちろん冗談だが・・・。お前が優秀なのは分かってたけどもよー・・・」 男は何かをあきらめたようにため息をついた。  その男――谷崎は、昨今の詐欺が横行している世情を見て、これなら自分にもできるかもしれないという軽いノリで仲間を集め始めた。すると、あっという間に十人強の仲間が集まった。見よう見まねで始めた「経営」は思いのほか順風満帆だった。  谷崎には、この組織は警察などには絶対に捕まらないと確信していた。なぜなら警察が立ち入り捜査を行うには証拠が必要だと知っていたため、常に数人の見張りを置くようにした。さらに拠点を極度に頻繁に変えるようにした。その時期も不規則で、一日に三回も移転することもあれば、3週間何もしないこともあった。他にもいくつかの策を張り巡らせた。 ある日、仲間の一人から、この組織に名前を付けようという話が持ち上がった。 谷崎は、アメリカの賞金稼ぎから取った名前をこの組織に付けた。 その名も、「盗賊(バンデッド)」 「盗賊(バンデッド)」の存在が新聞などで知られていくにつれ、彼は軽い高揚感さえ感じていた。 一週間前、とある少年が、警察でさえ見つけられなかった「盗賊(バンデッド)」の現在の拠点を見つけて、仲間に入れてくれと押しかけて来たことがあった。  もちろん、不審に思った仲間たちは彼を叩き出そうとした。  だが谷崎は、今まで捜査を全て完全にかわせたことの自信や、警察などの公権力が中学を卒業したばっかりのような少年を囮に使うわけがないと思ったことで、その少年を、雑用係として「盗賊(バンデッド)」に招き入れた。それに、少しでも変な真似をしたら本職の人たちに「処理」してもらえばいいだけだ。  その少年が秋津だった。 五日前、秋津の評価が、「不審人物」から「無駄に優秀」に変化した事件があった。 そのおかげで秋津は異常ともいえるスピードで「盗賊(バンデッド)」に溶け込んでいった。 その事件とは―――― 「っと、時間か」  谷崎は回想を中断して自分の腕時計を見る。午後九時を指している金色の時計は、都内の有名ブランド店のものだ。 「よし、時間だ。終了―」 と、パンパンと手を叩きながら周りに呼びかける。  あまり遅い時間に電話しても不審がられるため、いつも九時に「業務」を終了することにしているのだ。  全員が待ってましたと言わんばかりにすぐに集まってきた。  そして、倉庫の傍らに積んであった弁当やビール、清涼飲料水などに手を伸ばす。  先ほど、秋津に買いに行かせたものだ。その時秋津には、他の組織から本物の十分の一の価格で買い取った偽札の束を渡しておいた。釣りは取っておいていいと言い含めておいてある。 谷崎はビール缶のふたを押しこんだ。プシュッ、と音がした。 ガヤガヤし出したメンバーたちの内の一人に話しかける。 「んで、どーなのよ、今日の「業績」は」 「んー。まあ、不景気だからねぇ」 話しかけられた男はお茶を濁した。 「ったく・・・。ああ、そうそう。景気といえば」 谷崎はポンと手を叩く。 「聞いた話だが近々、っても明日だけどな、どっかの外国系の奴らが、アレやるんだと。アレ」 「アレって何ですか?」 皆から少し離れた所で、清涼飲料水をがぶ飲みしていた秋津が話に割り込んでくる。  谷崎は笑いながら「アレ」の内容を詳しく秋津に教えた。 「まさかとは思うが、お前も行く気じゃないよな?」 「え?もちろん行きますよ。どさくさまぎれに何か「戦利品」がもらえるかもしれないし」 秋津も笑っている。彼は清涼飲料水しか飲んでいないはずだが。 「まー、好きにすればいいけどよー。・・・。ところで、その時間、学校は大丈夫なのか?・・・ってこんなところにいる奴が学校なんてマジで行ってるわけないよな」 秋津は否定も肯定もせず、ただニコニコと笑顔を作っていた。 (こいつ、まさか本当に学校通ってるのか・・・?学校だとかなり成績良かったりして・・・。っと) 谷崎は首を振って自分の妄想を振り払った。予想以上にアルコールの効きが早かったようだ。  見ると、ちょうど秋津は倉庫から出るところだった。 「おい、もう帰んのか?」 「はい、ちょっと用事を思い出しまして」 「そーかい。じゃあ、明日も六時に集合な。遅れるなよ。・・・それと、さっきの話の続きだが、あちらさんの邪魔にならないように注意しろよ」 「大丈夫ですよ。そこらへんはわきまえているつもりです」 本当か、と谷崎が言う前に秋津は倉庫から出て行った。 秋津は倉庫から数歩歩いたところで立ち止まった。首だけ動かして倉庫を振り返ってつぶやく。 「・・・大丈夫ですよ。遅れるとか以前に、「盗賊(バンデッド)」のメンバーとしてはもう来ませんから。それに銀行(・・)の(・)件(・)も」 精一杯邪魔してやりますよ。 「よし、後は連絡で終わり、と」 秋津は谷崎達がいた倉庫から1キロ程離れた空き地にいた。先ほどの清涼飲料水のペットボトルを左手で持ちながら右手でケータイを操作している。彼の顔には先ほどのようなニコニコとした表情はかけらも見当たらない。  彼は登録番号の一覧をめいっぱい下げ、目的の番号を見つけて通話ボタンを押した。 電話がつながるまで数秒待つ。 「もしもし、秋津(・・)さん。最終日、無事に完了しました」 電話口に出たのは二十代から三十代くらいの男性だ。 「うんうん。いつも通りの時間ぴったりの定時報告、感心だね。優秀優秀。ところで、一つだけいいかな?」 「何ですか?」 「君がその組織に入った時に、とっさに言った名前に僕の名前を使ったでしょ。ね、白斗(はくと)くん」 秋津――いや白斗が顔を多少ひきつらせる。 「聞いていたん・・・ですか・・・?」 「まあ、それは冗談として、本来の用事は別にあるんだ」 「はあ・・・」 「今日、君が「盗賊(バンデッド)」だっけ?そのお遊びグループに潜入している間に、依頼主と連絡を取ってたんだ」 「お遊びグループ?」 白斗が聞き返す。 「うん。世の中は全てお遊びだと僕は思うよ。ゲームで時間を潰している暇があったら勉強しなさいって言う親がいるけど、ゲームで完クリをめざすことと、勉強で教科書の知識を完璧に覚えようとすることの違いは?プラモデルを試行錯誤してやっと組み立てることと、飛行機を工場で組み立てることとの違いは?無駄?何の役にも立たない?それでも死を前提とするならば全ての物事は無駄、お遊びにしか僕には思えない。要は全ての物事はそのサイクルの大きさが違うだけであり、その中の好きな「人生」を楽しむのは個人の自由だから、ネトゲ廃人とかも許容されてしかるべきだと僕は思うわけで・・・」 秋津の演説は白熱していった。白斗はケータイの待ち受け画面を見る。数字がすごい事になっていた。 「・・・で、今の無駄に束縛された風潮はおかしいと僕は思うわけだよ。さらに・・・」 「秋津さん、電話代がやばいんで早く用件をお願いします」 「うん、じゃあ後一分待って」 そう言うと秋津はまた話しだす。 白斗は電話の向こう側に聞こえないようにため息をついた。まあ、いつも(・・・)通り(・・)なら、このあたりで終わるだろう。 「・・・よって、この風潮をただすためには、一人一人の意識改革と、好きなことを楽しむといったことが不可欠だと僕は思うわけなんだよ。・・・まあ、全部(・・)冗談(・・)なんだけど」 彼の上司(・・)の秋津は、何かことあるごとに様々な持論や、雑学知識を披露する。それ自体はまだ許容範囲なのだが、たまに長々と語った後、「冗談だけど」と付け加えることがある。熱血に冗談を語るというのはいかがなものかと白斗は思う。だが、最近は慣れのせいか、よくレパートリーが尽きないものだと、感心さえしてしまうことがある。 秋津がやっと真面目になる。 「で、話を戻すけど、依頼主と取ってた連絡の中で、やたらと「あくまでも念のためですが、危ない事があるかもしれないので気をつけて下さい」って言われたのが気にかかったんだよね」 「やたらと・・・?」 「うん。5回は言われたような気がする」 「・・・。まあ、気をつけます・・・。ああ、それと先ほど、ちょっとした犯罪計画を聞いてしまったんですが」 「ああ、外国人グループによる銀行強盗の計画、ってやつでしょ?」 「・・・秋津さん、オレの体のどこに盗聴器がくっついているんですか・・・?」 半ば本気で自分の服を調べ始めた白斗をよそに、秋津は話しだす。 「まあ、それは置いといて、その銀行の件は、紫苑(・・)君(・)に任せるとするよ」 「? 別にオレが行ってもいいんですが。学校終わってからの時間の余裕もありますし」 「だーめ。学生の本分は勉強って決まってるでしょ。犯罪を阻止しようとする正義感を燃やしている暇があったら、勉強しなさい。勉強」 帰ったら盗聴器と自分の中の正義感というものを探してみよう、と心の中のメモ帳に書き込みつつ、一応つぶやいておく。 「さっき、勉強もゲームも大して変わらないから好きなことをすればいい、とか言ってませんでしたっけ・・・?」 「あれ、最後に「冗談」って言ってなかったっけ?」 白斗は頭に手を当てる。そーいえばそんなことも言ってた気がする。 「じゃあ、もう用事も無いようなので、電話、切りますよ」 「うん。あ、その前に紫苑君にその強盗関係の情報を、超手短でいいから送っといてよ」 「分かりました。では」 白斗は『切』のボタンを押した。 「疲れた・・・」 白斗は帰りにコンビニにでも寄っていくか、などと考えつつ夜の繁華街を歩いていた。学生が歩いていると補導されそうな時刻だが、彼は構わずに歩き続けていた。ふと彼は人通りの少ない方に移動して、ケータイをポケットから引っ張り出し、ある人物のもとへのメールを書き始めた。 翌日。8時過ぎ。 白斗は学校への道のりを歩いていた。この学校は寄宿舎があり、自宅やアパート以外でも、そこから通えるという触れ込みではあるのだが、寄宿舎があまり学校に近くない上に、そこから乗れるバスの数がゼロという、あまりよろしくない状況に置かれている。 一説では、バス会社の社長とこの学校の校長の仲が極めて険悪だという噂もあるが、真相は闇の中だ。 「今日は金曜・・・いや、月曜か・・・」 昨日も一昨日も「仕事」があったため、全く休んだ気がしない。 また、今日も最後の仕上げがあるので、睡眠時間が恐ろしいほど削られる。 全く眠くはないが、保健室にでも行って寝た方がよいのだろうか。 などと考えていると、白斗の肩にポンと手が置かれた。 「久しぶりだなオイ休み魔」 声をかけてきたのは、同じクラスの寺山とか寺田とか言った名前の生徒だ。 なぜかよく自分に話しかけてくることが多いので、白斗は辟易している。 ちなみに彼が白斗のことを休み魔と言ったのは、白斗がよく授業をサボって とりあえず返事をしておくことにした。 「よう寺山」 そう言うと、彼は半眼になってこちらを見返してきた。 「山寺だ山寺。お前、あんまり人の名前覚える気無いだろ・・・」 「確かに」 「あっさり認めるなよ・・・。それはとりあえず置いておくとして、あそこで騒いでるのお前の妹だよな?」 見ると道の少し先の方で男女の二人組の生徒が騒いでいた。いや、騒いでいるのは女子生徒の方だけで、男子生徒の方はぼうっとして女子生徒の話を聞き流している。 「まあ、分類すればそうなるな」 「オレ思うんだけどさ、お前の妹の葵ちゃんは一人でいる時も騒いでたりするよな。何ていうか、電波系って言うのかな・・・。こんなことお前に言うと怒るかもしれないけど、不気味な気がするんだよな・・・。なんか」 「・・・・・」 白斗がどう返答すればいいのか迷っていると、山寺は白斗が怒っていると勘違いしたのか、じゃ、じゃあオレ、もう行くから・・・時間もヤバいし・・・と言いながら走り去っていった。 (一人(・・)で(・)騒いで(・・・)いる(・・)・・・ねえ・・・) 白斗の口から笑みがこぼれる。 彼の異母妹に当たる葵は、いつの間にか周りから変人扱いされてしまっている様だ。 (まあ、本人達(・)が気にしていないならどうでもいいか) 彼は数メートル先にいる二人組の方へと足を速めた。 その数分前。白斗の前方での会話。 「・・・・だから私は、音楽の授業って何のためにやるのかなーって思うのよねー」 「へえ」 「だって笛をぴーぴー吹いてるだけじゃない」 「ほう」 「将来性が無いっていうか、何の役にもたたないっていうかさー」 「ふーん」 聞き流す少年の近くでため息をつく気配がした。 『・・・。それってお前がこのあいだの音楽の時間に菓子をぱくぱく食べていたのが見つかって、教師に怒られたことへの当てつけだろう』 「そういうわけじゃないけどさ。いつもは気付かれないのに、なんでこのあいだはバレたのかな・・・」 『あんなに机の上にたくさん広げて食べてたら絶対気付かれるだろう・・・。そのうち太るぞ』 「・・・あの程度の量を食ったくらいで、こいつは太ったりしない」  話をしながら歩いていた二人(・・)の後に白斗が追いついてきた。 気付いた葵が声をかける。 「おはよう。犯罪者」 「犯罪者?」 怪訝な顔で聞き返す白斗に葵がまくしたてる。 「潜入調査とか言いながら、どーせ悪い事してたんでしょ?人間の本質は悪だって授業で習ったんだから。えーと、性悪(しょうわる)説だったっけ?とにかく、警察に突き出さないであげるから、何かよこしなさいよ」 と言いながら白斗のバッグを勝手に開けはじめる。 「まあ、くすねてきたものと言えばコレくらいだな」 白斗のケータイをつかんでいる葵をバッグから引きはがし、白斗はポケットから紙の帯で留められた札束を取り出した。どう見ても金額は七桁に達している。 実はこれは谷崎から渡された偽札なのだが、実際に使うわけにもいかず、こうして持ったままだ。そんなことを知る由もない葵は、 「え?もしかして、くれるの?これ全部?」 白斗はにやりと笑いながら、 「ああ。欲しいんじゃなかったのか?」 と、からかう。 「ありがとー!これだけあれば、駄菓子屋で、このお店の商品前部下さいって言えるかも!?」 また葵の近くで声がする。 『駄菓子屋だったらそれの二百分の一でもまだ多いと思うぞ・・・?』 だが、まだ興奮冷めやらぬ葵には聞こえない。 「これから「お兄ちゃん」って呼んであげてもいいかも!」 「断る」 白斗が真顔で即座に否定する。 葵は先ほど話しかけていた、半分眠って歩いている様な少年の肩をたたく。 「京介、あんたも欲しいものがあったら私に言って!金額が合計一万円以内だったら買ってあげるから!」 このすきに、白斗は葵の近くに―――だが葵には聞こえないように声をかける。 「なあ、クレア(・・・)」 『何だ?・・・というかアレ偽札だろう』 葵のそばに、長髪の少女(女性と言ったほうが近いか)の姿が、かげろうのように浮かび上がった。 「気付くの早いな・・・」 女性―――クレアはおもしろそうに口の端を歪めた。 『ナンバーが全部同じだったぞ』 白斗はため息をついた。 「で、後で葵にそのことを伝えといてくれないか?このままだとあいつが補導されかねないし」 『分かった。でもあいつ、かなり怒ると思うぞ?』 「まあ大丈夫だろう。すぐ忘れるさ」 葵はいわゆる「熱しやすく冷めやすい」タイプの典型的な人間だ。 学校へと急ぎ走って行く葵を見つめる。正確にはその後ろにいるクレアを。 クレア――― 性格は聡明 憑依人格 詳しい事は白斗は知らない。 葵の趣味は本人いわく、「人助け」であるらしい。 昔、こんなことがあった。 ある日、葵は下校途中に老人が倒れているのを見つけた。 虫の息状態の老人の言うところによると、彼には心臓病の持病があり、次に発作が起きた時には早く医者に掛からないと命が無いと言われたそうだ。 最も近い内科の病院はどんなに急いでも1時間かかる距離で、クレアは1時間が「早い」のかどうか甚だ疑問に思いつつも、そこに連れて行こうと葵に声をかけた。  しかし葵は見物人の中から、四十歳ぐらいの男性を引っ張ってきた。  何をする気だ、とクレアが葵に問いかける前に、男性は老人を連れていき、近くの病院の一室を借りて手術を始めた。実はその男性は、心臓の病気に関しての世界的な権威だったらしい。 一命を取り留めた老人がとある企業の会長で、葵に札束単位の「お礼」をあげたことで有頂天になった葵が道路に飛び出て車に轢かれそうになったという話もあるが、これはまた別の話。 とにかく、これに味をしめた葵は以来、様々なトラブルに首を突っ込むようになった。 ちなみに後にクレアが葵に、それにしてもよくあそこにあんな人がいたな、と伝えると、そうよねー。あんな人がものすごい人だったなんて、世の中は不思議よねー、と返してきた。驚いたクレアが、え?お前、知ってて連れてきたんじゃないのか?と聞くと、葵は、勘、とだけ言い放った。 要するに彼女の「人助け」は、仲介自体は自分でするが、処理は誰かに丸投げというはた迷惑なものだった。しかし、処理役の人選がなぜか必ずピッタリな上に、関係者から一様に感謝されるため 「きりーつ。れー。おはようございまーす」 教師が入ってくると同時にクラス委員の口から無気力な言葉が流れ出る。 全員が席についてから教師が口を開く。 「えー、皆さんがこの学校に入学してから約二週間がたちました。学校生活には慣れましたか?友達は何人できましたか?友達は大切な宝です。この世に友情ほど大切な―――」 教師は五分ほどしゃべったあと、 「えー。では出席をとります」 と言いながら教室を見回し、白斗の隣の誰も座っていない席に目を留めた。 困ったようにつぶやく。 「・・・今日も黒崎さんは休みですか・・・」 黒崎というのはまだ学校に一度も登校してきていない生徒だ。 生徒たちの間では「不良説」「健康不安説」「家庭の事情説」がささやかれている。 「家に電話しても誰も出ませんし・・・」 教師はそこでいったん話を打ち切ると、 「あぁ、そうそう。今日の放課後には先週お知らせしたとおり、数学の追試がありますので。該当者は後ろの黒板に張った紙に書いてありますので、放課後、この教室に来てくださいね」 その少し前、白斗たちとは別のクラス。 京介は朝のホームルーム前の教室で、腕で頭を抱え込むようにして爆睡していた。 他の生徒たちは誰も彼に話しかけようとも、近寄ろうともしない。 ホームルームが始まり、教師が「いやーそれにしてもこのクラスは素晴らしいねいつも全員出席だよいや当たり前かでもどこかのクラスには入学式も含めてずっと来ていない生徒もいるらしいからねと思ったけれどもそこの席が一つ空いてるねまぁ多分遅刻だと思うから気にしないことにして次は体育だからみんな早めに移動してというわけで解散!」とマシンガン並みの勢いでしゃべり散らしても京介は起きる気配も見せない。教室の京介以外の全員が出ていっても彼は起きなかった。 授業開始のチャイムが鳴りそうになったころ、教室に一人の少女が入ってきた。 少女は荷物を自分の机に置いてから寝ている京介の肩を叩く。 「ねえ、授業遅れるよ?」 京介は椅子から落ちそうになりながら目を覚ました。 「おはよ、京介」 彼は寝起きでボーっとしながら周りを見る。 「・・・ハルカ、次って移動教室か?」 「そ。体育。男子は体育館だって」 少女―――ハルカは時計を見ながらそう言った。 二人は全くの他人というわけではない。 京介は葵の兄でハルカは白斗の妹だ。 また、 京介とハルカの性格は「テンションが低め」ということで共通している。 紫苑は呼んでないが、葵がかってについてくる